2026年10月7日

新・平熱日記 第1回
海辺の街にて

夕陽 室積 2026 秋分
絵は筆者 《夕陽 室積 2026 秋分》2026 金網 漆喰 アクリル絵具 4×10㎝

 昨夜は蒸し暑くて寝苦しかった。八代の山の中とはこうも違うものか。

三月に仕事を辞めて六月に千曲で個展。それからすぐに車で山口に向かった。助手席にはパク。荷台には必要最低限の生活用品と額縁を作る工具と材料とわずかな画材。それから山梨の大月で作ってもらった薪ストーブが二台。我が家用と弟の小屋用。

とりあえず弟の家に厄介になりながら改築を進めて、夏の終わりには何とか海辺の家に住もうという魂胆。そのために弟は伐採のバイトをしばらくの間休んでくれた。しかし早めの梅雨明けと同時に始まった猛暑は体に応えた。休みながらの作業でも汗は滴り落ちてペットボトルはすぐに空になる。それでも日々黙々と作業を進めて、お盆の頃には目鼻がついてきた。

八月の終わり。大工仕事が一段落した途端に涼しくなった。家の中のしつらえや生活に最低限必要なものを揃えて、いよいよシルバーウィークに入る頃、パクと共に海辺の家に越してきた。

十八で故郷を離れ約半世紀を経てまた戻ってきた。私にとっては老後でも終の棲家でもない。高村光太郎が晩年を過ごした「高村山荘」や白州次郎の「武相荘」に憧れがないわけではないが、それほどの思想や信条もないけど、歳を取って都会から故郷や田舎に住み移るというのは情緒的にも日本にとっても悪くないと思うが。

久しぶりに文章を書いている気がする。しばらく絵も描いていない。長い夏休みが終わって真っ白な絵日記帳を慌てて書き始めたような気分だけれども、思いの外色んな出来事があって、よく考えて書かないと子供が思いついたまま堰を切ったように話すようなことになりかねない。

実は生まれて初めて海の見える生活をする。パクは最初落ち着かない様子だった。この夏も海で無理やり泳がされたのがトラウマとなっているのか散歩のときには金輪際海には行かないとばかりに海と反対側にリードを引っ張る。思ったほど潮の香りは強くない。それよりも黒松の香りや港の漁船の重油の匂いが新鮮だ。夕刻になると水平線に沈む真っ赤な夕陽にしばし見とれる(もしかしたら人生で初めて見たのかもしれない)。カメラを構えた人や道路際に腰かけて眺めるカップルもいる。夕食にリサイクルショップで見つけた一人用の土鍋でみそ仕立ての簡素なものをつくっていると、ボンボンという音がする。外に出てみると遠くで花火が上がっている。新しい生活の始めに縁起が良いと見ていたらものの数分で終わってしまった。

改築中に一人のご老人がひょっこり現れて「ここは昔牛島(うしま)の漁師さんが泊まる市営住宅じゃった・・・」と教えてくれた。風よけのためにか、植えたあったカイズカイブキ他全て伐ってしまった。ただ一本のヤマモモの木を除いて。

目が覚めると波の音が聞こえる。まだ夜明けには大分時間があるがパクと出かける。見上げると予想外の星、こんなくっきりとしたオリオン座を初めて見た。

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